深澤孝史の日記

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1月26日

ぼーっとしてます。
午後に一郎茶さん(変な誤字をあえてなおさず)とたけぶんの記録集について考えるけど、あんますすまず。
そのあと
ななよさんと同じ場所で、2月14日に村松さんと笹田さんがやってるぶっとびアートの
お話し合い。笹田さんにななよさんとふかさわさんが楽しんでくれればいい、というなかなか難度の高い指令をだされてぶっとびに呼ばれました。

これ決まんないな~と思いながら、お話し合い。
これがやりたい!というのが基本的にない無責任な二人がペアになって考え込むとか悪循環な気持ちになりつつ。

とりあえず思いついたことを列挙

ふがし・・・最初ふがしつくろうっていってた。時間かかるからつくらせるのは難しそう。
はんこ・・・最近の僕のブーム(といってもまだ一個もつくってない。)とりあえず消しゴム印
看板・・・看板あるといいんじゃない。
こたつ・・・僕のうちにこたつふとんがない
レゴ・・・ななよさんのブーム。ただなくしたくない。
ひみつきち(寝る)・・・レッツの場所を変えてみる。寝るにいい場所をつくる?
さんぽ・・・ななよさんと僕の金曜の日課?こどものお迎え。とてもよい時間。作文?
楽しく・・・楽しいといいですよね。
情熱的に・・・我を忘れて。
外国に行く・・・(韓国 プーケット(タイ) ベトナム モルジブ 香港 マカオ インド ネパール)焼き肉たべたり、ボーッとしたり、いろいろ
仕事をする・・・会報誌やらなきゃ。特別にカラー?!
間違い・・・間違い。
内容を決める・・・内容を決めようとしていた。
英語・・・会報誌を英訳する。
本を作る・・・旅のスクラップブック。
参加者のことを考える・・・上記のことを参加者のことを考えてやる。

やっぱいつも通り(いつもって?)決まらないから、とりあえず全部やることにする。
でタイトルも
「ななよさんとふかさわさんは好きなことをやる」
にする。
二人でやる準備は基本毎週金曜日にする。
次の金曜日にはふがしをつくって、
ハンコを見せ合う。
ななよさんは帰りに、なぜプーマ?といいながらプーマの比較的厚めの消しゴムを買う。

僕はふがしの材料をそろえなきゃ。
とりあえずまだ当日のことは考えない。







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1月21日22日

1月21日
風邪が悪化。午後は学校でも立っていられないほどに。
早めに帰ってとにかく寝る。
15時間くらい寝る。
1月22日
寝すぎた。ぎりぎり遅刻はせず。

そういえば根洗の松本先生が「たけぶん」でのたけしについて、
たけちゃんが学校を堂々と休むのはどうかと思うと言っていたことを思い出した。
たけしにとって学校へいくという生活サイクルは大事なのではないかと。

関係ない話ですが、僕は学校において、ある種の教員の態度と生徒の態度にとても嫌だなあと思うときがあります。お互いが学校の制度にのっかって、言い訳めいたことをするときです。こういう風潮が少なくなればいいなあと思いますが、いまだに先生というのがどういう立場なのかいまいちわからないので、仕組みについてどうこういえないなあ。

たけしは一応学校に許可をえてたけぶんにいたけど、学校がどういう判断で許可をだしたかは聞いていないからわからない。多分たけぶんに養護学校の先生は来てないと思う。(きてたら教えてください)今後たけぶんを再開するにあたってたけしがずっといるという状況はないと思うが、また学校を休むかもしれない。休むかもしれないけれども、たけしが学校でどういう状況かもしらないけれども、学校をないがしろにするような雰囲気にはしたくはないなあ、と思いました。(今がそうなのかどうかも知りませんが。)















1月19日20日

一郎太さんと根洗学園へおしごと。

はじめに園長の松本先生とお話。
幼稚園の一部屋を使って、幼稚園じゃない場所をつくっていく相談をする。
ようやく根洗の仕事の土台固めがはじめれそうだ。
こどもらとは絵の具で遊ぶ。この日に描いた絵?は全部絵本になる予定。


ファミレスで久保田さんも交えて今後のお話。
やることもやれることもとりあえず決まってんだから、どうよくしていくかって
みんなが思うといいな、と思う。

自転車の後輪がタイヤごと穴が空いていて修復不可能だったので、有楽街のミソノイサイクルで降ろしてもらう。しかし定休日ガビーン。
だがどうやら蜆塚店はやってるみたい。結局そこまで歩いていくことに。レーシング用より
耐久性のあるタイヤに変えてもらいました。スピードは落ちるんだろうな。

1月20日
日曜日、単なるプラスチックの容器だと冷めちゃうから、THERMOSというメーカーの水筒を買ったのですが、これが予想以上のクオリティで驚いた。
今まで魔法瓶をつかったことはあったが、なんだかんだで昼頃には適度に冷めてて、夕方にはぬるくなってるのが通例だったのだが、THERMOSは違った。全く冷めない!ていうか熱すぎて飲めないよ!保温というか密温(そんな言葉はない)だよ。
あと高いけどタイ米買った。もうタイ米でいいじゃん。タイ米うますぎる。
それと風邪ひいた。今回は頭痛と鼻と関節痛。つらい。

夕方、アーティストの宮田君に頼まれていた原稿がようやく書けそうな気持ちになったので、書いてみたら書けたので、書いて送る。
宮田君は今度愛知県芸の院を修了するので、その修了制作に「さんこうとしょ」として展示するそうだ。微分帖は、とてもよかった・・・

宮田君のブログ
http://ochakann.exblog.jp/



1月16日1月17日1月18日

16日高校、レッツと仕事が終わったあと、
レイトショーで 「チェ 28歳の革命」を観る。とてもよかった。
仕事ってこういうことだよな~とチェを見て勝手に思いを馳せる。
カテゴリーとしての職種ではなくて、関わり方の姿勢として。
どうでもいいけど、13歳のハローワーク見ても多分、革命家のなり方は書いてないよな。


17日は、レッツ 講座と理事会。
なんだかんだで、レッツでようやっと(まあ僕がタイにいってたり、なんだりしたせいもあるのだけど)お話ができてよかった。
2009年はかなり面白くなりそうだ。
浜松に来てから、自分の仕事についてどんどん明確になっていってとてもよい。
ひとつわかると、それまでの自分がどれだけ認識不足だったかが露呈されて毎回ショックだけど、それもなんだかんだで痛みを伴いつつおもしろがっている。
何ができてできないのか、何を知っていて知らないのか。それは自分にもだし、相手にもだし、場もだし、状況もだし。
今年一年がんばれば、自分がなにものかがもっとわかりやすくいえるので、不安でいっぱいですが、楽しみです。
まあ、それは生きて行く限り続くことなんだろうと思います。
しかし、帰りに、自転車がパンクしてきつかった。夜の一号線はライトつけてても僕に気づいてもらえないから超危険だし。


18日は、
一郎太さんと根洗やらたけぶんやら今後のことをうちの近くのデニーズで打ち合わせ。
そういえば1月も18日。長らくちゃんと話していなかった。
根洗の方向性、仮設たけぶんのまとめのこと、もろもろ、けっこうはっきりしだした、
濃密な3時間ちょいでした。めでたいめでたい、ほんとに・・・






37日間その4

12月25日
中部国際空港からタイへ。外国ははじめてなのでいろいろドキドキ。
タイについてからの目的地やホテルの位置がわからないことにあせりをようやく感じ、ぎりぎりになって、成田からタイにいく妙ちゃんにメール。なんとかなりそうだ。
タイには、シルパコン大学と静岡の大学の美術交流展の関係でいく。
一応僕も出品しているけど、交流展にたいする関わりあいをさぼったというかほぼシャットアウトしてたので、(これはお互い様だよな~。そんなこんなでこの状況で可能なことってことで、名画の模写(関わり方の一言マニュアル付き)を出品)
ほぼはじめて海外にいけるというモチンベーションですね。。。
夜なんとかホテルに到着。タクシー安いな~
セブンイレブンがたくさんあること、セブンの前に絶対1バーツ体重計が置いてあることに驚き。コンビニがあるけど、日本のコンビニとは違う。けっこう同じだけど~

疲れたからとりあえずここでおしまい。

37日間その3

12月15日
根洗学園へ一郎太さんとお仕事。僕たちは造形遊びの空間を提供しにいっているわけではないが、便宜上そのような形式で中にはいりこんでいったい何ができるのかとか何が必要なのかとか模索する時間が続く、なかなかつらい。一郎太さんと僕はだいたい別の教室に入ることが多いので、基本単独行動にもなる。
とりあえず前日に描いた何かのきっかけになるかもしれないプランの図や、悦生からもらった額、リコーダーをもっていって、関わりながら探す探す。
根洗では、はじまりやかたづけの合図があり、リズムをつけて先生たちがうたって区切りをつける仕組みがある。「はじまるよったら、はじまるよ~」とか「おっかたずけ~おっかたずけ~」など。とりあえず、おっかたずけ~の音楽で、歌詞をわけのわからない言葉に置きかけて歌い続けてみる。子どもたちはそんなことではどうやら混乱もしないし、意識もしないが、先生たちはなんか違うぞ~と反応する。う~ん、やっぱり仕組みに頼るは大人側の問題だよな~。余談?かもだけど、たけぶんでリコーダーが少しだけ上達したみたいで、先生たちの歌の合図の音階ををリコーダーでトレースすることに成功。楽しくなってずっと吹いていたら、実際のおかたづけの時間に、おかたづけの音楽を吹いてくださいと、使われる。
プププ。
子どものかいたお弁当のレシピ
千の絵本
郵便
とりあえず宙ぶらりんなアイデアだけが飛び交う。
どうしていくかもっと話あいが必要ですね。

12月16日~19日
思い出すかもしれないけど、記憶がないなあ

12月20日
レッツ。これも記憶がない。ただ、この日に給料をもらったので、
思い切って、仙台まで高嶺格の個展を見に行っちゃおうと決める。
笹田さんに話をしたら、興味を持って一緒にいくことになる。
12月21日
仙台にいく日。僕はだめで案の定、寝坊する。
笹田さんに計算に入っていたと言われたり、前の新幹線だと知り合いがどうのこうの
なのでと慰められる。
乗車中いろいろ話す。笹田さんはぶっ飛びアートというワークショップをレッツで毎月おこなっているのだが、そのゲストとして僕とななよさんのペアを呼びたいと言っていて、
その話とかもする。
仙台到着。でも新幹線であっというまだったのであまり東北という気分はない。
おなかへった。牛タン定食を食べる。厚切りはハムみたい。薄い方をおすすめします。

歩いてメディアテークまでいく。文化センター。なかなか人がはいってる。

高嶺展見る。 アテンドさんが違うとどうなんだろうと思って2回見る。やっぱ違う。

見終わったあと、仮設カフェで
「あたりまえのことを言葉にするのは難しくてでも大切なこと」とメモと感想を書く。
(この文章を1月19日に書いていますが、日常的に全然達成できてないじゃないか・・・)
そとで、イルミネーションのイベントがちょうど始まるころにでる。光のページェント。
並木道のライトアップ。すごい規模。歩いて戻る。
夕ご飯を食べようという話をして、笹田さんに僕があたたかい食べ物好きということがばれていることを知り、恥ずかしくなる。
電車を一本送らせて、悩んだすえカレー屋に入る。うまい。

帰りの新幹線でもいろいろお話。
僕は山梨の実家へ、笹田さんは浜松へ、なので途中でお別れ。
新宿駅でなんとなく小説を買ってみる。いしいしんじの小説を買ってみる。
全然読めない。肌にあわないみたい。
久しぶりの実家。

12月21日
パスポートを受け取る。よかった。これでタイに行ける。
12月22日
実家。
12月23日
浜松に戻る。途中悦生と合流。
12月24日
タイへ行く準備。ようやく髪の毛を切る。うれしい。
夜はレッツの打ち上げ韓国料理。眠いし、あまり元気がでない、は個人的感想。

その3はここまで。








37日間 その2

12月2日は、たしかたけぶんに、赤羽さんが来た日だったと思います。
さきちゃんと、片岡さんらと、クリスマスの歌をさっそくつくっていました。

この曲はポニョの歌の100万倍くらい脳への浸透力が強くて、未だに頭の中で歌が回ります。リコーダーで遊んでいても気づいたら吹いていたりします。
ちなみにタイは正月すぎてもクリスマス飾りを堂々と飾っていたりするので、この歌を堂々と
歌うこともまったく問題ありません。

12月3日は、たけぶんがお休みの日で、一朗太さんがたけぶんの雰囲気や場所を問題視し始めて、場所をかえようと前日にいろいろ相談しましたが、いろいろ案がでましたが、やっぱりやんないといいました。悦生も呼んでいたのですが、そしたら悦生が怒って、一日かけてたけぶんにある椅子やら机やらを邪魔だといって、ほとんど2階に運びました。ギャラリーのポスターも汚いといって全部はがしました。浜松は車が本当に危ないので、カフェの上に交通安全という文字も貼りました。
休館日でしたが、悦生は立派にたけぶんを利用しました。すごいです。

僕は一日高校で授業をしていました。七宝を生徒としていました。
2008年は電動ろくろもうまくなったし、七宝もうまくなったし、いろいろうまくなりました。リコーダーはなかなかうまくなりません。えつおの前でふくとすごく嫌がられて、隠されたりしてつらい気持ちになります。しかしリコーダーとても面白いです。

12月4日も日中は高校で授業でした。
七宝したり紙芝居つくったりです。しかしなんでも失敗しないと覚えないよな~。みんなそうなのかな。一発でうまくいくことってなかなかないな。もしくはまずは失敗しそうなことばかりに手をだすのか。これも両方な気がします。
午後はたけぶんです。まさきさんもやってきて、即興からめーる団です。
なぜかあれやれこれやれといろいろ指示をだされましたが、どれもやりたくないことばかりでついつい「やりません」とごねてしまいました。
というと語弊がありますが、全力疾走で6日のコンサートの内容を構築しはじめている即興さんたちのスピードに、下向きながらとか、寄り道しながら、歩いてんのかどうかもわからないスピードの僕がまあ、ついていけなかっただけの話でしょうか。うーん、なんにせよ、走りこみがかかせないのは事実です。

12月5日は、たけぶんでした。からめーる団ががんばっていた。
夜な夜な話し込む。宮城のみやちゃん現れる。
特に笹田さんとは朝の6時まで話し込む。

12月6日は、午前中は富士ロゼシアターに、2008年に描いた図を壁面に展示しにいきました。ついでに羊羹問答もプロジェクションしました。
同じものを2度展示するということを多分したことがなかったので、構成のことだけ考えれて妙に楽しかった。もしかしたら作品つくって展示するって楽しいのかもしれない。

午後はたけぶんにもどる。
からめーる団のコンサート
トーキングラウンジ。さぼって音楽遊び。さぼったことを後ですこし後悔。
後悔はするけど、2回人生あっても同じことを繰り返すのだろうなあと思う。
どっちも大事でどっちかをとらなきゃいけないという状況の場合、両方とる
技術を磨くことを心に誓う。これができないときによく後悔する。
ホシノさんたちのポエトリーリーディング。少し聞く。
気づいたら寝てて次の日になってる。

12月7日。たけぶん最終日。午前中は湯風景という浜松のスーパー銭湯にいく。
カラメール団がたけしとからもうとしてる。
いやはやそれにしても、いまだにたけぶんでの居場所がつかめない。
それはレッツでの居場所とも関係あるし、表現者としての居場所も関係あるし、いろいろ。
もともとがひきこもり体質と悦生によくいわれたけど、だから関わり方が極端になっちゃうんだろうな、性質として。
なんか夜に、たけぶんで反省会。比較的いろいろ話す。

12月8日。みなさん片付け。何故か僕はあまり片付けをせずに、パスポートの申請をしにいく。そしたら浜松ではできないことがわかり、かなり焦る。どうやら一度実家に帰らないといけないらしい。

12月9日。一日学校。ひさしぶりに学校にいった気になる。
12月10日。学校。
12月11日。学校。鉛筆マスターの称号をいただくが畏れ多い。
12月12日。学校とレッツ。散歩して養護学校まで迎えに行く。楽しい。そのあとたけぶんの片付け。
12月13日。レッツと片付け。大変。
12月14日。ケイブに電球を元に戻しに行ったり、松井冬子展にいったり、高杉悦生が主にがんばった「わたしむし展」にいったり、静岡県立美術館の「風景ルルル展」にいったり、富士ロゼシアターに出してた図の搬出にいったりと、妙にやることが多かった日だった。
そのまま悦生家に宿泊。

その2はここまで。













37日間 その1

前回から37日ぶりの更新です。
(12月24日にパソコンが壊れたので、いろいろデータがとりだせないけど、
うまく直るといいな。早く直さないと。)

37日前12月2日だったのでまだ、たけぶん会館中でした。

そういえばその前の、11月30日に「怒られることをして作品にする」
という集団行動?ワークショップ?をしました。

まず、参加者同士がペアになってお互いのおっぱいを想像しながら、「パイ投げの壁」におっぱいを紙粘土でつくりました。
たけぶんって、敷居とかないし、がやがやしてるし、すごく集団行動がやりにくくて、少し不安な気持ちになってたので、ビールなんぞを飲みながら始めたら、さっそく久保田さんに怒られました。
紙粘土が足りなくて笹田さんが買いに走ってくれたりもしました。
僕も、東京から来てくれた、えぶちさんと、笹田さんのおっぱいを想像しながらつくりましたけど、すごくつらい気持ちになりました。
またどこかで、見知らぬ男女をペアにさせて、お互いの見えない部分を想像してもらって作らせたいと思いました。いや、思ってないかも。半々くらいです。

それまでが前半の部で、後半は
「鴨江別館に『ジャスコ鴨江別館店建設希望地』の看板を立てにいく」
というまったく別のことをやりました。

浜松市に、「鴨江別館」という大正時代だかに建てられたモダンな市の所有する建物があるのですが、それが耐震強度の問題で取り壊されることが決まったのですが、建築士会という団体が壊すなんてけしからんと反対運動をしはじめまして、それが、功を奏して、なんでか市長が保存を決め文化施設として活用すると発表しました。

僕は鴨江別館がもともとまったく好きじゃないので、浜松の人たちはアートセンターになると喜んでいましたが、だれもアートセンターの中身に対してちゃんと考えていない態度も腹が立っていたので、とりあえず浜松に引っ越してから一番便利だったジャスコとして活用するプランの看板を鴨江別館に立てにいきました。

看板を完全に完成させておけばよかったと今でも半分後悔しているのですが(でも問題はそこではないからどっちでもいいのかも。)、看板の図の色塗りだけ残しておいて、参加者みんなで看板を完成させるような手順で進めました。
ここで、参加者(20代女性)の一人が、僕に怒られることが目的と勘違いして、看板に落書きをはじめました。僕が「やめてください!違います!」とまあ、少し芝居がかって喋るもんなので、火に油をそそく感じで落書きがエスカレートしていきました。
僕はあの参加者をもっとしっかり本気でしかってあげないといけなかったとその部分にとりかえしのつかない後悔を覚えます。この失敗だけは二度と繰り返さないと心に誓う次第であります。

この参加者だけが、落書きがエスカレートしていったのですが、半分以上子どもなのに、ほかの参加者は一切落書きをしなかったのが面白かったです。

看板が一応の完成を見せてそれを持って、みんなで立てに行きました。
鴨江別館の前で記念撮影をしました。ちょうどそのころ静岡文芸大学の学生が鴨江別館でグループ展をしていたので、受け付けにその看板を置かせてもらうことにしました。

その後たけぶんに戻ったら、あいのてさんたちがやってきていて、何故か会議をしていましたので、はじっこの空いたスペースにたむろしてみんなに最後に画用紙を渡して感想をかいてもらって終わりました。

というのが11月30日。12月2日からの記録を書こうとしているのになかなかはじまりませんな。なんか長いので、いったんおしまい。










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深澤孝史 

Author:深澤孝史 
美術家です。
いろいろやります。
fumithus(@)yahoo.co.jp

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